本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

源 融(光源氏のモデル){みなもとのとおる}

五条の木屋町を下がると

むかしは「五条楽園」といって

若い頃は行ってはいけない、と言われ

通りすがりに「五条楽園」の看板を見て

なにやら違和感を感じながら

過ぎ去っていました。

今は、木屋町通りに沿って流れる高瀬川も

美しく整備され、多くの民宿もできて、

外国からの人たちで賑わっています。

 

その入り口というか

五条通を入ったすぐのところに

大きな榎を見ることができます。

 

 

その木の根元には

 

 

こういう石柱が立っています

「源融(みなもとのとおる)河原院跡」

よく読んでみると

「光源氏」のモデルになった人とも

いわれています。

この方は嵯峨天皇の皇子でありながら

皇族から離れ源氏の姓を名乗られ

その後優雅な生活を送られた

ということです。

 

歌の名手でもあり、

『百人一首』にも、河原左大臣として

「陸奥のしのぶもじずり 誰ゆえに

  乱れそめしに われならなくに」

という歌を詠んでおられます。

 

陸奥に赴任した折、その時の景色が

忘れられなく

この河原院にもその景色を再現され

そこで見たであろう、

塩をつくる竈を作らせ、そこから登る煙を

楽しんだといわれています。

そこが日本で最初につくられた庭園と

なっていたようです。

 

ちなみにこの「竈」という字も

書き方が難しく

穴かんむりに、火の神様である祝シュク

祝融神がいる穴ということです。

書いてみるのも面白い。

 

ということでしょう

この近くの地名は「塩竈町」といい、

 

 

また、塩竈という名前の方も

いらっしゃるようです。

千年以上も前「光源氏」が楽しんだで

あろう、その塩竈が今でも

地名となり、名前となって残っているのは

不思議なことです。

 

そういうことに思いをはせながら歩いてみると

いろいろな発見があるものです。

この塩竈町があるところは

五条通の富小路を下がった場所で、

お寺が立ち並んでいます。

 

 

これも秀吉による政策で、

鴨川を一つの防波堤とし、そこを越えてきた

ものを寺町で防ぐという、

この一帯を下寺町といい、秀吉により

お寺が集められたということです。

四条通から御池通りにかけて

新京極通と並行して寺町通りがあります

 

お寺というのは非常時には

兵が休む広さもあり兵糧もあり水もある

ということで、戦のときには

お寺はいろいろと利用されたようです。

信長も最初に京に入った時

陣を敷いたのは東寺といわれています。

 

また、西郷隆盛も東寺を大本営にして

鳥羽伏見の戦いの折りには

五重塔からその状況を眺め指揮をとったと

ということがいわれています。

 

また元に戻って木屋町通りを歩いて行くと

 

 

 

またこういう一昔前はモダンであった

というような建物も残り、

今なお現役で活躍しているようです。

京都という町も時代と共に変化して

いきます。

源融がいたころはもちろん

高瀬川もありませんでした。

 

白河法皇の三不如意にもあるよに

鴨川というのは自分の思うように

ならない暴れ川だったようです。

この源融の屋敷もたびたび川の氾濫に

悩まされていたようです。

源融が亡くなった後は

子供に引き継がれますが、

やはり荒れ果てて

その庭の中心に合った籬マガキの島の

榎だけが残ったようで

それが今繋がっているこの榎のようです。

 

往時は

その塩竈もわざわざ難波から海水を運んで

毎月、塩焼きをしたというのです。

何とも風流なことをしたものだと思います。

時代的に空海と重なる時があります

たぶん、お互いのうわさは

聞きおよんでいたことでしょう。

 

なんだか、点として見ていた所が

時代の流れを見ていくと

何となく景色が広がってくるようです。

 

今、京都博物館では

「源氏物語 王朝のかがやき」

という特別展が開かれています。

こういうことを踏まえて

展示会を見るのも面白いし、

また、光源氏のモデルであろう

源融の屋敷跡を見ながらその付近を

散策してみるのも趣あるものでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

善巧方便(ぜんぎょうほうべん)

方便という言葉も、よく

善巧という言葉が付いて善巧方便と

いう言葉で出てきます。

善巧「ぜんこう」とは読まないで

仏教でいう場合は「ぜんぎょう」と

いうように読みます。

一応、辞書を見ると

「衆生を教化するのにその方法手段の

たくみなことをいう。」

とあります。

この巧みなということがいきおい

「嘘も方便」という言葉を生み出した

のかもしれません。

 

それともう一つ、気になっている言葉で

「人は自分を否定するものによって蘇る」

ということがあります。

褒めて伸ばすということもあるでしょうが

やはり、そうやって誉めてだけいても

人は壁にぶつかるものです。

その壁をどうやって乗り越えるか

そこに

その人の成長もあるような気がします。

乗り越えずに回り道していくか、

壁があるといって諦めて引き返すか、

また力づくで壁を打ち壊していくか、

その方法によって

その人の人間性も出るし、成長の仕方も

違ったものになるでしょう

 

麦踏ということが昔、言われました

今はどうか知りませんが、

麦は踏みつけることによって

強く寒さにも負けない立派な麦に

成長すると、

昔の写真で見ると、

一本一本麦を踏みつける様子が

描かれていたようです

そのまま育てるとひ弱な麦になってしまう

踏みつけることによって

踏まれたことをはねよけようとする

力が生まれるのでしょう

 

先生の講義もずっと方便ということが

語られています。

 

自己を否定する力をもっとるから

高いんです。

高い精神というものが初めて

自己を否定するんです。

人間にまで自己を否定していくと

いうんですね。

そういうところに

この、何何への超越というような

意味があるんです。

そんなようなことを

方便というようなことが表している

わけです。」

 

「善巧、つまり巧みな働きと

いうんですね。

真実が働くわけです。

真実が自己を否定して、

真実というものが自己を否定して、

そして真実でない世界というものに

立つんです。

そしてその真実でないことを、

真実の自己否定によって

真実でないものに立って

それで真実でないものを真実に

転ずるんです。

それで巧というんです。

 

自己でないものを自己に転じて

自己を証明するんです。

そういうのが精神というもでしょう。

精神の働きでしょう。

そういう善巧ですね。

これがさっき言ったように

その深い意味での方便です、

善巧方便というのは。」

 

なんか、面倒くさい言い回しです。

しかし、こういうことが厳密に考える

ということではないかと思うのです。

でないと、人間は考えることもずるするし

適当に自分勝手に考えをまとめ、

自分なりに理解してしまいます。

 

「自己でないものを自己に転じて

自己を証明する」

 

「人は自分を否定するものによって蘇る」

という言葉と合わせて考えてみると

何かのヒントになるかも知れません。

 

 

 

 

 

 

彼岸花

彼岸も過ぎてようやく涼しさが

やってきました

28日はお不動さまの大祭です

生憎の雨模様

この雨で一段と涼しさが増すような

気配がします

 

遅ればせながら

本蔵院の庭には彼岸花が

咲き出しました

 

 

以前はこの場所になかったような

気がします

本堂を建て替えた折り

彼岸花もこの場所に移ってきた

ようです

雨に打たれて美しさが

一段と増しているようです

 

 

今日のお不動さまが

一番の見頃のようです

 

お不動さまのお護摩は

午後1時からです

足元は少しわるいですが

お不動さまのご縁を頂くには

何よりの機会かと思います

お不動さまのお力をより

身近に感じて頂ければ

なによりです

 

內拝といって

ご自身でお不動さまの炉に

護摩木を投じ、

ご自身の願いを伝え

そして、お不動さまの足元まで行き

間近に接してください

 

お不動さまのお力を頂ければ

なによりです

 

嘘を真実にすることが方便

「方便」ということも

なかなか分かりにくい言葉です。

「嘘も方便」という言葉が先行して

その意味も勢い「方便は嘘」

という具合に解釈されてしまいます。

 

講義の中で、

「第七地の面目は方便である」と

説かれています。

ということもあって

この方便ということがずっと頭にあって

何とか乗り越えなければと

悪戦苦闘しています。

 

「方便」、言語ではウパーヤ(upâya)

といって、近づけるとか近づくという

意味になります。

その近づくということがなぜ方便と

翻訳されたのでしょう。

 

方便の「方」という漢字は

方向とか方法とかいう意味があって

「便」には便利という言葉もあり、

また郵便という言葉もあり便りという

意味もあるようです。

ここでは人間にとって都合が良いもの

という意味で使われるようで、

人にとって都合のいい大切なものへ

近づけるという意味なのでしょう。

 

ある時期、漢訳よりも原語にそった

経典を作った方がいいという運動もあり

そういうことを試みたものもありました。

しかし、

翻訳僧・玄奘三蔵などは苦心して

サンスクリットを漢文に翻訳された。

ただ、近づくというだけでは

意味が通じない、

そこで「方便」という言葉を生み出した

のだと思うのです。

こういう言葉が生まれてきたのは

そこに大変なご苦労の後を感じます。

 

それで、『十地経』を見ると、

第六地が般若現前地といって

般若(智慧)が目の前に現れるという

方便ということは方便智ともいわれ

その反対は真実智になります。

六地の般若というのは真実智です。

それで第七地の方便智が重要になって

くるのです。

 

このこともいろいろ関係があって

十波羅蜜の第七番目は方便波羅蜜

六波羅蜜の布施・持戒・忍辱・精進

禅定・智慧、

この次に出てくるのが方便波羅蜜

そして、願波羅蜜・力波羅蜜・智波羅蜜

と続きます。

 

ですから、『十地経』の十の段階と

十波羅蜜とは密接な関係をもっています。

第六地で般若の智慧が現前に現れた

のですから、普通は

これで完結しているようですが、

この智慧だけでは未完成だというのです。

そこで、方便智ということが

重要な意味をもってきます。

 

ということを踏まえて

講義を読んでいきます。

 

「六地以前とそれから八地以上

との一つの媒介点なるということが

これが七地の面目なんです。

七地の面目は一語にすれば方便に

あるわけです。

方便ですね。

普通にいうと方便というものは

低いもんであって真実が高いもんだと

こう考えられるけど、

 

方便に二義あってですね、

ある意味からいうと、

方便のない真実はやせ細った真実なんです。

やせた精神ですね。

大乗仏教ということはなにかというと、

小乗仏教というのはやせ細ったである

というのは、方便がないからなんです。

大乗というのは、

方便というものを開いたところに

大乗というものがあるんです、

大乗の大ですね、

つまり大方便なんです。

 

むしろ方便がないからして

真実はやせるんです。

そういうような関係ですね。

その方便というものは嘘じゃない

んです。

嘘を方便ということはないんであって、

噓をまことにするから方便と

いうんであってですね。

つまり方便というものはそのまことの

働きなんです。

まことを引き出すとともに、

またまことが働くんです。

まことを引き出す方便であると共に

ですね、

まことが働く方便でもあるわけです。」

 

というように出てきます。

こういう内容を踏まえて翻訳僧・玄奘は

ウパーヤを方便という言葉を生み出し

この訳に当てたのでしょう。

ですから、

いくら本物の言葉に触れるといって

サンスクリットを直訳しても

こういう内容は伝わらないと思うのです。

インドのサンスクリットが中国の漢字に

翻訳されたところに大きな意味がある

と思います。

 

というのは

六地で終われば

それはそれで完成している。

しかし十分ではない。

衆生ということを蔑ろにしている。

経典にある「衆生と共に」

というところに大乗仏教の真骨頂が

あるのでしょう。

 

だから、菩薩は地獄を恐れないと

二乗に落ちることを恐れる

というのです。

地獄はむしろ菩薩にとっては

大悲の対象なんだと。

二乗というのは声聞・縁覚です。

縁覚は独覚(どっかく)ともいいます。

個人的さとりです。

菩薩はそれを恐れると。

こういうところに大乗仏教の精神が

あるように思います。

 

今更ながらこうやって読んでみると

講義の時は何も聞いていなかったと

つくづく思い知らされます。

一つの講義が終わっているようでも

次の講義でも繰り返し続いていて

大きな関連性がある

ということが今ごろになって分かって

きます。

 

まあ、じっくり繰り返しながら

読んでいきます。

 

 

七地の五種相差別(しゃべつ)

仏教では差別と書いて

「しゃべつ」と読み、

意味も普段使う意味と違っています。

それぞれに相違のあること、

お花屋さんには沢山の花が並んでいます。

薔薇もあれば、ユリもあり、菊もある

というように、色形も違う

相違があるわけです。

けど、花としてみたらその本質は同じ、

そういうことで、差別と平等ということは

対の句として使われます。

 

講義が始まるときは繰り返しのようですが

この五種の差別から始まるようで

その五種ということについて忘れないように

書いておきます。

 

1.楽無作行対治差別

 (ラクムサギョウタイジシャベツ)

ここで言う対治とは、普通でいう退治と違って

鬼退治の場合は退治を書き、

自分の煩悩と向き合う意味では煩悩対治と

同じ対治でも区別して使います。

 

ここでいう楽無作行というのは

六地で得た「空の智慧」に安住してしまい

修行が止まってしまう

そういう心を対治するというのです。

 

2.彼障対治差別

 (カノショウタイジシャベツ)

3.双行差別

 (ソウギョウシャベツ)

4.前上地勝対治差別

 (ゼンジョウチショウタイジシャベツ)

5.彼果差別

 (カノカシャベツ)

とあります。

 

ということを踏まえて講義を読むと

 

「力(リキ)とか願とか廻向(エコウ)とか、

みなこれは方便智というもので、

まあ何といいますか、

根本智は、第六地で終わっているんです。

かえって根本智から起こった方便なんです

そういうところに七地というものの

面目があるわけです。

これがつまり、

八地というものをなんでしょうね、

ちょうど六地から八地までの間に

ですね。

 

それがこの第七地というものが

これが初歓喜地から始まった行が

終わったと共に

また八地以上に展開されるものを

引き出してくると。

上地とこういっとるんです。

八地以上の地を上地(ジョウチ)という。

そうすれば六地以前は、

下地(カジ)といいますね。

上、下という、

ここにもやっぱりその七地にもですね、

七地のところの経文にもですね、

 

この前読みましたように、

前上地勝差別という第四番目ですね。

前上地勝差別。

世親の解釈によるというと、

七地の経文は文章の段階の上にですね。

五つの差別があるというわけです。

 

この差別によって、

なんぼ差別があっても、

全部が七地としては、同一なんです。

だから、

この七地そのものをですね、

五段の文章の差別によってあらわして

くると。

 

この四番目にですね。

前上地勝差別という一段がもうけられとる。

こういうところからも

七地というものの意義をよく表しとる。

前はこれ下ですね。

それから上は上ですね。

前と上との地に、

勝れとるという差別なんです。

 

これもおかしい、

ちょっというと、考えたらおかしいが、

下の方に勝れとるということは

わかるけども

上の方に勝れとるということは

ちょっと分からんでしょう。

前に勝れとると、

後のものが前のものに勝れとると

いうことは分かるけど、

しかし後のものに対して勝れとるというと

ちょっと文章が分からんようです。

 

しかしあのなんですね、

七地というものがやっぱり一つのですね、

前を超えたと、それで七地になった、

前に勝れとるということは

明らかなことだけど、

その前に超えた力で、

また後を引き出してくると。

 

だから七地がなけりゃ八地を引き出す

ものはないわけです。

そうすれば八地以上、

上地を引き出す力をもっとるわけです。

そういう意味においては、

上地よりも勝れとると。

 

この意義がですね、前の、

六地以前とそれから八地以上との

一つの媒介点になるというようなことが

これがまあ七地の面目なんです。

七地の面目は一語にすれば

方便にあるわけです。」

 

繰り返しのようですが

講義を聞いている私たちにとっては

一月も間が空くと、

また新鮮に初めて聞くように

聞こえてくるのが不思議です。

 

この差別ということも、

良寛の歌に

 

「いかなるが苦しきものと

  問うならば

 人を隔てる心とこたえよ」

 

というものがあります。

人の心も恐ろしいものは煩悩というより

私と他人とを比べる心です。

ものを持てば持ったで

私の方がいいものだと

持たなければ持たないで

あいつがもってるのに自分も欲しいと

こういう心を自他差別心というのでしょう

常に自分と他人を比べて

勝った負けた、あいつより上だ下だと

そういう心はなくならないものです。

 

自他差別心を唯識では末那識(マナシキ)

というようです。

第七番目の意識です。

それで八番目の意識を阿頼耶識(アラヤシキ)

といいます。

そいう自分勝手なこころを

黙って蓄えていくのが八識の阿頼耶識です

 

しかし、

こういう問題はやはり世間の意識では

読めないようです。

面倒くささに耐えなければ読めない。

面倒くさい問題を丁寧に読んでいく

こういうこともこういう仏典を読む

一つの工夫がいるように思います。

運命愛(Amor Fati)アモール ファティ

「運命愛」ニーチェの提唱した言葉です

この講義でもよく出てきます。

「自分の人生に起こるすべての出来事を

 苦しみも失敗も含めて、

 必然的なものとして受け入れ、

 それを丸ごと愛そう」という考えです。

 

講義では、

二乗(声聞・縁覚)というものを菩薩は恐れる

と、地獄は恐れではないと、

菩薩にとってはあえてはたらく場所であると、

ということで読んでいきます。

 

「地獄でもあえて後悔せんというのが

菩薩なんだ。ところが二乗を恐れると。

菩薩にとっては地獄というものは、

大悲の対象なんだ、痛みですね。

しかし二乗はね、これはもう全くの

転落なんだと。

 

そこで、独覚ということがある、

縁覚とも言いますけど、

つまりその時に、寂滅を証したら、

どうなるかというとですね、

それは、pratyeka といいまして、

pratyeka-buddha(プラティエーカ・ブッダ)

これは、それを独覚というんですが。

独というのは、個人といいますね。

さとるのはさとりなんです。

さとるのをブッダといいますね、

独覚の覚は仏陀なんです。

だからしてその涅槃すれば仏陀なんです。

だから涅槃すれば、これは仏になるんです。

 

けどそれを恐れるというのは、

一人のさとりですね。

個人的さとりです。独覚ね。

プラティエーカ・ブッダになることを恐れる。

つまりこれは如来じゃないんだ。

同じ仏陀でも、これタターガタ(tathâgata)。

タターガタの仏陀になりたい。

独覚、これは阿羅漢です。

さとるのはさとってるけど、

タターガタのさとりにはならん。

 

こっちの方は独覚に対して妙覚といって

いいんです。あるいは円覚とか。

菩薩は妙覚とか円覚とか、そういう覚を

求めていて、独覚を求めないんです。

個人的なさとりというものに落ちることを

それを沈むというんです。

 

つまり主観的な個人的なさとりでしょう。

『華厳経』をみると、

釈尊が成道したときにですね、

奇異なるかな奇異なるかなと書いてある。

その山河大地が、同時に成道したと、

釈尊がさとってみたら

自分だけじゃなかったと。

全法界がさとりを開いていたと。

山川草木悉皆成仏(サンセンソウモクシッカイジョウブツ)

ということがありますね。

宇宙と共にさとりを開くと。

個人だけがさとりを開いいたもんじゃないと

 

こういうのが大乗のさとりです、

円覚ですね。

そういうものを求めて止まんのです、

菩薩は。

個人の一人のさとりというものは

問題にしない。

かえってそこに入ったら永遠に出れんのです。

独断ですからね。

自分だけがさとっとるだから。

ひとりよがりのさとり、

つまり人の苦しんどるのことが苦にならん

のですよ。

自分だけがさとって周囲は皆、迷っとる。

迷って、人が迷っていることが問題にならん。

のんきもんですね。

 

なぜ菩薩道というものがいるかといえば、

プラティエーカ・ブッダになりたくないから。

さとりとか智慧とかいうものに

固執したくないんだ。

固執したような智慧を放棄したいと。

 

だから世間とか迷い、

有(ウ)というのは迷いでしょう。

これが個人的さとりを破るんです。

つまり、永遠に有と運命を共にしようという

決断。

これいうのがニーチェのいう運命愛でしょう。

ニーチェはうまいこといってます。

運命愛ですね。

一切衆生の流転の運命とですね、

流転しとる衆生と運命を共にしようと。

こういうんです。

これを運命愛といいますね、ニーチェで。

ああいうのは非常に大乗的に近いところ

ですね、ニーチェはね。」

 

運命ということでもう一つ気になるのは

ヴェートーベンの第五交響曲「運命」です。

ニーチェよりも70年ほど前の時代です。

ヴェートーベンもニーチェと同じように

非常に困窮した苦労の多い人生です。

難聴に苦しみながら作曲活動をする。

それに胃腸カタルも発症して

精神的にも肉体的にも苦しんだ人生です。

 

この時代、産業革命も起こり、

キリスト教の影響も少なくなり、

人生というものが神によって造られたもの

ではなく、

個人が作り上げていくという

そしてその結果は自分が引き受けていくという

そういう考えが芽生えてきた時代でしょう。

だから運命というような、

消極的な意味ではなく積極的な意味として

受け入れていく、

そういう考えが生まれたのでしょう。

 

前の京都大学の総長で平沢興とい先生、

学生の頃、勉強についていけなくて

自分の限界を感じ、もう止めてしまおうと、

故郷に帰り、自殺する場所を求めて

山をさまよっていたところ、

突然、雷鳴の如く、

ヴェートーベンの言葉が響いてきた

それも原語で、

 

「たとえ肉体にいかなる欠陥があろうとも

我が魂はこれに打ち勝たねばならない」

 

という言葉を聞き、自殺を思いとどまり

学校へ帰って、それからは

毎朝3時に起きて勉学に向き合うという

努力に努力を重ねたそうです。

それで先生の言葉は

「一にも努力、二にも努力、三にも努力」

ということを貫かれました。

 

ヴェートーベンのこの言葉は

彼が25歳のとき書かれたものです。

35歳の時に「運命」作曲し、

45歳では完全に聴覚をなくし、

53歳の時には第九「合唱」を完成させ

57歳ウイーンで亡くなられました。

 

なにかしら「運命」という言葉にも

重みを感じるものです。

 

 

 

 

 

自分を磨き、仏具も磨く

なにかしら、「磨く」ということは

とても好きな言葉です。

真言宗では護摩壇があったり、大壇とか

その上で使う仏具が沢山あります。

六噐(ろっき)、火舎(かしゃ)、

四橛(しけつ)、金剛盤(こんごうばん)

五鈷杵(ごこしょ)、五鈷鈴(ごこれい)

などなど、たくさんの真鍮製の仏具があります。

これらの仏具がピカピカに磨かれていると

お参りするときには気持ちも引き締まる

ものです。

 

先日のテレビですか、最近のICチップも

その性能を左右するのは磨きによるそうです

いかに研磨されているか、寸分の狂いもなく

その技術がこの小さなICを左右する

ということですが、

昔はレンズ磨きでしょう。

その当時はレンズを磨くということは

最新の技術で、遠くのものを見たり、

また、小さな微細なのもを見る顕微鏡とか

見えない世界を見るということでは

この磨くという技術は最先端だったようです。

 

よく、この『十地経論講義』で出てくる人に

スピノザとライプニッツがあります。

おぼろげながら気に入ったのは

スピノザという人、哲学者でございというより

職人さん、それもレンズ磨きの職人だった

ということです。

大学から招聘があっても、それを断り、

昼間はひたすらレンズを磨いて生計を立て

夜は思索に打ち込むという。

そういう人だったようです。

 

それと対照的なのはライプニッツ

この方もよく講義に登場します。

モナドという、そしてモナドには窓が無い

そういう経緯があってか

先生のご命日を「無窓忌」と呼びます。

この方はエリートで政治経済、学問の上でも

表舞台で活躍されたようです。

 

同時代の人で一度だけ会われて

2.3日を一緒に過ごし語り合い論を戦わせた

ということです。

官僚組織の中で活躍したライプニッツ、

一切の束縛を嫌って自由に思想を求めた

スピノザ、対照的な二人のようです。

 

面白かったのは

スピノザの時代も現代の最先端も「磨く」

ということでは共通するものがある

ということです。

 

外面的にはものを磨くということですが

内面的には自分自身を磨く

ものにしても心にしても磨くということでは

相通じるものがあるようです。

 

「磨く」ということも奥が深くて

漆塗りの仏具とか最高級のものは

呂色(ろいろ)仕上げといって、

漆を塗った後の細かい刷毛目とかを

炭で磨き込んでいくという、

手のひらで磨き上げるという

それは仏具を磨くというよりもさらに

根気のいる仕事です。

 

東寺で大壇とか修理したときに

この呂色仕上げでやって頂きました。

その深みのある光沢はまさに鏡のようで

先程の仏具とかを落としても

ちょっとやそっとでは傷もつかないほど

美しいものです。

また、研ぎ出し蒔絵というのもあって

下地に塗り込んだ絵を磨いて研ぎだす

そういうものもあります。

ここまで磨き上げると汚れも付きにくく

そっと羽箒ではたくだけでもとの鏡のような

美しさが蘇るものです。

 

まあ、似たようなものに

金属では鏡面仕上げというものがあるようで

これも見事に美しいものです。

木でもいい鉋といい腕のある職人さんが

かけた柱とかはちょっとの雨が当たった位では

沁み込まない、はじいてしまうほど表面が

均一に研ぎ澄まされるようです。

 

私たちも煩悩という汚れがあるのです。

それを研いでいくのが修行なのでしょう。

『十地経』の十地という段階も

煩悩を対治していく工程のようです。

何もしない間は「煩悩」なんてありません。

何かをやろうとすると

途端に邪魔するものが見えてきます。

やればやるほど見えてくるのです。

 

面白いもので

望遠鏡でも性能が悪いものはそれなりに

美しく見えるものです。

ところが、だんだん性能が良くなってくると

次第に見えているものの粗が見つかります。

更に倍率をあげると

その粗の原因が分かってきます。

だからまた、倍率をあげていく。

 

その話を聞いた時、

私たちも何もしない間はそれなりに

美しく見えるものです。

ところが、ちょっとでも修行をすると

私たちの何もできてなかったことが

顕わになってきます。

立派なものと思っていた自分が

何ともみっともなくお粗末なものに

見えてくるのです。

だから、そこからまた修行に励む

するとまた、別なものが見えてきます。

 

そういう修行の連続がこの『十地経』と

いうものを生みだしたのでしょう。

尽きない世界を見出す

それが仏の世界かもしれません。

人の世界は尽きるものです。

何かしらそういうことに面白味を感じます。