本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

2025-04-01から1ヶ月間の記事一覧

広説と略説

広説は内容を詳しく説いたもの 略説は簡略に説いたものです。 たとえば、唯識では『瑜伽論』は広説、 『唯識二十論』は略説になります。 同じように弘法大師の、 『秘密曼荼羅十住心論』は広説で 『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)は 略説になります。 「十住…

本来持っている能力を回復してくる

障りというものを人間はもっている それと同時にそれを対治して回復して くる力も持っている。 その力を本来持っている といってもなかなか分からないのですが、 こうやって丁寧に経典を読んでいくと そういうことが述べてあります。 如来蔵ということがあっ…

三昧が障りを対治する

『十地経』というのは 初歓喜地からの歩みが、歩む中で いろいろの障りが見つかってくる、 それを対治していくというのが修行 のように思います。 歩めば障りが見つかる、 その障りを対治していく道程が 十地の菩薩の歩みのようです。 その対治の仕方が力ず…

エリック・クラプトンの名言

Eric・Clapton あまり知らなかった のですが、 たぶん息子がCDを車に入れていて いつも流れていて何となくいい曲だな という位でした。 いま日本に来られているようで、 テレビに出演されていて インタビューを受けておられました。 その時の言葉がよかった…

学問の道

比叡山を開くにあたり 最澄がいましめた言葉に 「山家学生式」(さんげがくしょうしき) があります。 その時代は 学生を「がくしょう」と読んだのです。 ある時を学生というのではなく 仏教の立場に立てば 一生が学生(がくしょう)なのです。 「学び続けて…

煩悩の真如を観る

真如、インドの言葉でタタターtathatâ もののありのままのすがた、 ものがあるが如くにおかれているあり方 という意味があります。 一時、「ありのままで」という歌というか 言葉がはやりましたが … 、 また、如来のことをタターガタといいます tathâgata 如…

我執(がしゅう)・法執(ほうしゅう)

我執と法執で二執(にしゅう)といいます。 「執」という字は、 妄執、迷執、固執、執着というような熟語 もあり、あまりいい意味では使われません。 私たちは妙なもので、 別に固執しなくてもいいのに執着してしまう のです。私の体も考えも固執して離そう…

煩悩即菩提(ぼんのう そく ぼだい)

生死(しょうじ)ということが出てきます。 普通には、「せいし」と読むのです。 生死の境をさまよう、とか また、死生観(しせいかん)というと 死と生についての考え方ということも あります。 仏教でいう「生死」というのは サンサーラの訳で輪廻とも訳し…

分別・無分別・無分別智

分別ということも日々の生活では 「ぶんべつ」と読み、 ゴミを燃えるゴミ、プラごみ、びん、缶と 分けることです。 普通には「ふんべつ」と読んで、 理性でものの良し悪しを分けて 世間でいう正しく生きることになります。 これが無分別となると大変なことで…

豪華絢爛牡丹満開

あっという間に花開きました。 まだ蕾と思っていたのですが 今朝見てみるともう満開です 今年はピンク色が強いようです ベランダの風に揺られながら 何とも繊細な花びらをなびかせています 今日は四輪ほどですが もう一輪蕾があるようです 阿蘇のドライブイ…

吾唯足知

「吾唯足知」 「われただ足るを知る」と読みます。 龍安寺には「知足の蹲」(つくばい) という手水鉢(ちょうずばち)があります。 丸い石の真ん中に四角い穴がいていて その四角を利用して、口偏に見立てて 吾唯足知という形(文字)にしたのです。 観光タ…

自由自在・神通自在

自由自由ということを言いますけど 規則の中で育って、卒業して、 あとは自分でやって下さい、自立して といわれても、何をどうしていいか 自由を持て余すというか、 自分で自分を律して規則正しく生活する ということがいかに難しいか 決められたカリキュラ…

いのち輝く(Life alive)

いのちの不思議さというか そのはたらきには驚かされます。 我が家のベランダでは 今そのはたらきの真っ最中です。 昨年の葉を落とし切り株状になっていた ものが、その切り株を割くように 中から新しい葉が顔をのぞかせました。 まだ初々しい葉が二枚です。…

さわり・煩悩障と所知障

『十地経』は初歓喜地から始まります。 歓喜地、初めて法を見たという 歓喜の心が起こる位です。 ですからそれで十分なような気がしますが そこに人間の心に障りが出てくるのです。 その障りを対治していく道程が 十地という位を生み出したのでしょう。 障り…

修道的人間

「修道的」という言葉は 学生の頃この十地経講義で聴いて ずっと気になり、またこの言葉を聞くと 身がピッシっと引き締まる感じが 今でもするのです。 そういうこともあってか 「修道的人間」ということは 何度も書いているようです。 修道、道を修める、仏…

仏光寺さんのしだれ桜

高倉通を上がって行くと 仏光寺さんにぶつかるのです。 ここで道はクランクというか 仏光寺さんを迂回するように 曲がっています。 今が一番の見ごろのようです ピンクの色が鮮やかで それにもましてしだれ桜なので 目の前に降ってくるような 姿がなおさら美…

三昧のない講義と三昧の講義

面白いことに、お話をする機会が 老人ホームとかであると 少し前に着いて駐車場で 安田先生の『十地経講義』を読むのです 別にこの話をするわけではありませんが 何かしらこの講義を読むと 気持ちも落ち着きなぜかしら集中心が 湧いてくるのです。 それで、…

鴨川の桜

ベランダの牡丹も膨らみ始めました 四輪ほど花芽がついています アマリリスも昨年の葉の部分から 新しい葉も出始めています さいわい、今日はお天気のようです 鴨川へと出かけました でも風は強く暖かさは今一つです やはりちょうど見ごろです 鴨川の反対側…

瑜伽(ゆが)= ヨーガ

ヨーガ(YOGA)という言葉 こういう仏教語大抵翻訳されるのですが この言葉は翻訳されず 音写して瑜伽(ゆが)と表わされたのです 『十地経の講義』でも頻繁に出てくる 言葉でもあります。 お釈迦さまも苦行は捨てたのですが この瑜伽は仏教に取り入れられた…

四威儀=行住坐臥

四威儀(しいぎ)というのは 行(ぎょう)住(じゅう)坐(ざ)臥(が) の四つのことです。 日常の起居動作という当たり前の 行為なのですが、 このことにお釈迦さまは注目されて 一つの法則を作っておられます。 「威儀」ということも、 法則にかなった立…