「精神を鍛える」というと、
なにか難しいようにも感じるのですが、
今読んでいるお経の中に、
「数数修習」(サクサクシュウジュウ)
という言葉が出てきました。
数数サクサク、かず、かず
というのですから、
修行も一遍したぐらいで、
わかるものでもありません。
繰り返し繰り返し、という
数を重ねるように修行する。
USオープンで準優勝した錦織選手、
今回の試合をふり返って、
やはり、心も体も強くなったような気がしました。
4時間を超える試合を何回もこなし、
精神面でも粘り強く、粘って粘って
相手のミスを誘う。
それは、マイケルチャンコーチの
まるで部活でもやっているような
練習でしたと、
基本に立ち返って、繰り返し繰り返し
練習された、
そこからあの粘り強い精神も育ってきた
精神を鍛えるといっても、
何も特別なことはないと思います。
基本に忠実に、その基本を
繰り返し、それこそ
数数修習という言葉がぴったりのような
その練習しかないということです。
お寺の修行も単純です。
朝起きて勤行して、掃除して、
ご飯を作り、ということの繰り返しです。
道元禅師という方が中国に渡られた時
船で待っていると、
そこに中国の老僧がやって来た。
聞いてみると、
日本からというので椎茸を買いに来た
そこで道元禅師が
あなたのような老僧が買いに来なくても
そのような仕事は若造に任せて
老僧にもなれば座禅をして経を読み
悠々と精神でも練ったら、
そのようなことが本当ではないか、
と尋ねるのです。
すると、その老僧が、
あなたはまだ若い!! と
「異国の僧、年若うして未だ道を知らず」
といって立ち去った。
道元禅師は一本やられたのです。
それから「典座教訓」というものを書かれ
普段の顔を洗うご飯を頂く
日々の子細なことまで厳しく定められたのです。
毎日の当り前に思っていることが
いかに大切で、
修行とはそれしかない、
とまで言い切っておられます。
本当に基本に忠実に
繰り返し練習するしか、
精神力を鍛える方法はないのです。
日々のなんでもないことにもう一度
目を向けて丁寧に励んでみることも
今までの自分から抜け出す方法かもしれません。