本堂に小さな黒いくず?
よく見ると、チョウチョの羽の一部か?
『 もしや、銀太メ、捕まえたのか? 』
『 クッソ― 』 と思いつつ探してみると、
本堂の隅に、羽をぼろぼろにされたチョウチョが横たわっている。
まだ生きている。でも、もう飛べない。
生まれた所で休め! と、抱き上げる。 山椒の木のところへ、
しかし、手から離れようとしない。
あなたの虫のころから見つづけてきた、私がわかるのだろうか。
命がけで生きた短い一生、でも、山椒の木には次の虫が生まれている。
『 あなたの次の命が生まれてますよ ! 』
本当に命をかけて生きている。
蜂の世界も、オス蜂は交尾を終えると死んでしまう。
私たちもよく 『 一生懸命やります ! 』 というけど、
本当に、人間に命を懸けてやることなどできるのだろうか。
振り返ってみると、確かに先人達は皆、命がけで生きてきた。
今は、豊なのか、なんなのか、
生きるという 『 いのち 』 がぼけている。
現代と言う時代、命がけで生きてないのは人間だけのような気がする。
あの小さな虫でされ、次に命をつなぐ為に、必死だ!命がけで生きている。
チョウチョ君も短い一生だったかもしれません。銀太が捕まえなければ、
もっと、空を飛べたのに、
ごめんなさい! 銀太には言い聞かせました。
でも、一生懸命の命を見せてくれたことに感謝します。 ありがとう。
余談ですが、『 必死 』 という字も
『 必ず、死ぬ 』 と書きますよね。