本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

自分に合わせて聞いている

話を聞いても、

自分に気に入るものは肯定する。

自分に気に入らないものは聞かない。

なにか、とてもいい話を聞いたというが

それは自分に合うからだ。

自分に合わせて聞いているだけです。

聞いているというけど、

聞いていない。

自分に合わせて取引しとるだけだ。

 

自分を批判するような教えは

避けるのです。

自分を撫でてくれるような教え、

それはよい教えだという。

 

聞法というものはそういうもんじゃない。

自分をひっくり返す、

というのが聞法です。

自分を肯定するのではない。

 

自己を破って、

自己を回転させるのが求道です。

自分に合わせて聞いているのは

求道というものではない。

 

求道、

それは道を求めるという意味もあるし、

また、得道という意味もある。

求めて得た。

だから、求道ということは、

無いから求める、ということじゃない。

 

求める、ということは

願生の願という、

願うということがあります

これは楽になりたいから

願う、求めるというわけではない。

 

※ 私たちはどうしても

   自分の都合に合わせて聞くものです。

   自分に都合のいい話はいい話だという。

   自分に都合の悪い話は

   駄目な話だというものです。

   般若心経にも

   『一切顛倒』 という言葉があります。

   すべてはさかさまであると、

   その自分が今までさかさまであったと気づかしてくれる

   そういう教えこそが本当の話なのでしょう。